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広島地方裁判所 昭和46年(行ク)17号 決定 1971年8月05日

申立人 児玉隆博

被申立人 広島県公安委員会

訴訟代理人 片山邦宏 外八名

主文

申立人の昭和四六年七月三〇日付集団示威運動許可申請に対し、被申立人が同年八月三日付でなした右集団示威運動の終点を平和大橋東詰付近南側緑地帯と変更して、同所より平和公園正面入口までの部分につき不許可にした処分のうち、平和大橋東詰から平和公園正面入口手前までの部分(別紙図面赤線部分)につき、その効力を停止する。

申立人のその余の申立を却下する。申立費用は被申立人の負担とする。

理由

一、申立の趣旨および理由

別紙(一)に記載のとおり

二、被申立人の意見

別紙(二)に記載のとおり

三、当裁判所の判断

1  本件疎明によれば、申立人は昭和四五年八月頃往時広島において原子爆弾の惨禍を豪つた被爆者及びその子らを中心に結成された被爆者青年同盟(以下被青同という)の代表者であるところ、昭和四六年八月六日広島市主催の原爆死没者慰霊式と平和祈念式(以下祈念式という)が広島市平和記念公園内で行われることになつた(なお同祈念式には佐藤首相も出席の予定である)のを機会に、佐藤首相の右祈念式への出席に反対する。被爆者団体協議会の行つている被爆者援護法制定要求活動を支持する旨の意思を表示するため、同日午前七時から同八時半までにわたつて広島大学→たかのばし→白神社→平和大橋→平和公園正面入口で流れ解散のコースで集団示威運動を行うことを決定し、同年七月三〇日昭和三六年広島県条例第一三号「集団示威運動、集団行進及び集会に関する条例」(以下県条例という)四条五条に基づき、その許可申請をしたところ、被申立人は同年八月三日県条例四条六条二項に基づき右申請にかかる集団示威運動の進路のうち終点を平和大橋東詰付近南側緑地帯とし、流れ解散することに変更して申請を許可としたこと(但し別に県条例第七条に基づく若干の許可条件が附されている)が認められる。

申立人は被申立人のなした右進路変更処分が違法のものであると主張し、その処分の取消を訴求するとともにその処分の執行を停止することを求めたのであるが、およそ集団示威行進の本質にかんがみ、進路の変更に関する本件申立については、回復の困難な損害を避けるため緊急の必要あるものと認めるのが相当である。

2  ところで県条例六条二項は公安委員会が集団運動の実施場所を変更するについて「公共の安全と秩序に対して直接危険が及ぶおそれがあることが明らかであると認められるとき」に「必要な最小限度において」のみこれをなしうると規定しているのであつて、およそ憲法の保障する表現の自由は民主政治の基調として最大の尊重を必要とするからかかる基本的人権の制限に関する右県条例の運用にあたつては、いやしくも公安委員会がその権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実にして、平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう戒心すべきことはあらためて言うまでもない(申立人は右県条例の規定自体憲法に反する無効のものであると主張するが、この点については、同種の条例の規定についていちおう違憲でないとの最高裁判決もあることではあり、本件の如き仮の判断を示す執行停止申請事件においてかかる違憲審査の問題に立ちいることは時間的その他の制約上相当でないと思料するので、いちおう右県条例の規定が合憲であるとの推定のもとに論を進めることとし、この点の判断は差し控える)。

3  さて、前記の如く被申立人が右進路変更の処分をしたのは被申立人の主張によると別紙(二)記載のような理由に出たものというのであるが、本件疎明資料よりみると、本件集団示威行進の主牽団体たる被青同が過去において特段の暴力行為に走つたというような資料も別に見当らない。(尤もその代表者及び構成員の一部に若干逮捕歴等を有するものがあることが窺われるが、これを以つて直ちに団体全員の性格を速断するを得ないことはいうまでもない。)又、本件集団行進の参加予定者数も僅か四〇名に過ぎないこと、本件集団行進につき公安委員会が付した他の許可条件をみても一般交通の危険妨害となる行為等について別に相当の制限の付されていること、その他当日の平和記念公園付近は相当厳重な警備体制が占かれているであろうこと等を考慮すると、本件全疏明をもつてするも被申立人の主張は必ずしもその全部について十分な疏明あるものとは断じがたい。けれども、一方当日は午前八時から同八時四〇分まで平和記念公園内において祈念式が行われる予定になつていて五万人を上まわる人出があるものと予想されているからそうすると本件申請にかかるデモの終点たる平和公園入口北側附近も平和記念公園への出入者で相当混雑するものと考えられるのであり、この点からすると被申立人が、右祈念式の行われている時間に右平和記念公園入口まで申請人らのデモが進行してくるのを避けようとしたことはやはり十分理由があるものと認められる。したがつてこの限度で必要最小限度の範囲で本件申請にかかるデモの終点の変更をやむを得ないものとして容認すべきところ、疏明資料よりみると本件申請にかかるデモの進路のうち特に右平和記念公園入口を避けただけでその目的はいちおう達しうるものと考えられるから、当裁判所は被申立人のした前記進路変更処分のうち平和記念公園入口を避けた点は正当であるが、被申立人が該部分以上にデモを制限したのは右必要最小限度の範囲をこえたものと考える(もつとも、平和大橋においても、一般交通の支障は若干ありうるかもしれないが、本件申請にかかるデモの前記参加予定人員数からすれば、この部分まであえて制限する必要をみないであろう。)そうして右部分については申立人の申立をいれて被申立人のした処分の執行を停止しても公共の福祉に重大な影響を及ぼすとは、疏明上認めがたい。

4  以上の理由により本件申立は主文掲記の範囲内においては本案について理由がないとはいえないので正当としてこれを認容し、その余は本案について理由がないと一応判断されるので却下すべきものとし、申立費用については民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 海老澤美廣 藤本清 野田武明)

別紙(一)(二)及び図面<省略>

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